暗い冷たい悲しい幸せ

シアワセ(会社員)の日記

睡眠トリガー

夏休みの記録

 

前期のほとんどの講義の最終課題やらレポートが片付いて夏休みモードに入った僕は夜遅くまでゲームをしたり本を読んで過ごし明け方に寝てその日の午後に起きるという真っ当な人間としては褒められない生活サイクルを送っていた。夜になってもあっちいので扇風機の風邪をぶおーっと浴びながらPS3FPSをやってると手元に転がっていたスマホがブブッ!と振動したので悪友ヤマジーから飯の誘いのLINEかな?と思ってのぞいてみると全然違う、友達登録されていない人からのメッセージだった。

フルカワミユー。同じ学部、同じ学科(情報システム学科)の女の子。長身でスタイルが良くておしゃれな服を着てきれいな顔立ち。ダンゴムシみたいな外見・性質の僕とは正反対のタイプの人間で、ほとんど会話したことはない。ただ学部一年生の時、必修だったグループ演習の講義で一緒のグループになり、友達とはいかないまでも知り合いという関係になったのだった。そのあと、僕は朝起きれなかったりバイトいれまくったりして大学にいかなくなり、それゆえあんまり顔を合わせることがなくなり、親交が深まることはなかった。そんな彼女が今さらなぜわざわざ誰かに僕のLINE IDを聞いてメッセージを送ってきたのか?

『久しぶり~フルカワだよ!シアワセさん、明日学校とかいる?』

要件こそ書いてないが僕にはピンときて、返信する。

『久しぶり!』

『もしかしてアルゴリズムのテストのことかな?』

アルゴリズムの講義は3年次の学科の必修でテストが結構むずいので毎年3~4割の生徒が単位を落とすのだった。で4年で再履修するのだけどまともに勉強してない人はテストで点取れなくて追試ってパターンがこれまた多い。僕は3年の時は学校にほとんど来てなかったので、初受講みたいなもんだけどまぁテストは案外簡単だったので無事パスした。おそらく彼女はあまり勉強してなくて追試をうけるのだろう。他に頼れる知り合いもいないので、僕に勉強を教えて欲しいという腹づもりに違いない。

『そう!そうなんだよー。なんかおごるからもしよかったらわからないとこ教えてもらえませんか??』

どんぴしゃり。フルカワさんがアルゴリズムを再履修していたことは知っていたので、勉強教えてほしいといわれる可能性は数%ほどあると予期していた。なので通常なら非モテ根暗インキャブサイクの僕が女の子とタイマンで勉強なんてめっっっったにないので、よっしゃうれしぃ~!!となるところなのだが、今回の件は好意があるから…というわけではなく半ば藁にもすがる思いで、卒業がかかっているのだからとりあえずなんかここら辺の知識が豊富そうな試験パスしてる知り合い=僕に聞くしかない!という切羽詰まった状況に違いないから、「こちらとしても心して教えてあげないと…」というプレッシャーを感じるくらいだった。僕は留年するので落としても別に来年受ければいいのだが、彼女は今年で卒業するのでこの単位を落とすわけにはいかないのだ。

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次の日僕は大学のラウンジにいた。

学生は少なく静かだった。目の前にはフルカワさんがいて講義資料をバサバサっとテーブルに広げている。

「ごめんね。わざわざきてもらって。ほんとにありがとう」と彼女は申し訳なさそうに言う。

「いいんだよ。資格勉強でここら辺出題範囲だから復習しなくちゃと思ってたし。いい機会だよ。」と言って、僕はフルカワさんからもらったお茶を少し飲んだ。冷たかった。

それから初回のテストでわからかったというところをわかる範囲で教え、進路や卒研、ゼミの話なんかをした。僕が留年確定しちゃって…ということを言うと彼女は「そうなの!?」と驚いていた。

「昼夜逆転してるみたいな話は聞いたけど…」と彼女は言う。

「あぁー、確かに夜遅くまで起きて午後に起きる…みたいなのはよくやってる。」と僕は言った。すると「私も同じ。」と彼女が言う。

「2時くらいに布団に入って5時くらいまで眠れなくて…ってたまにあるの。」と彼女は言う。

「そういう時は僕は宇宙のこととか考えてるよ…。ネットで見たgifアニメで、地球から始まって火星、木星、太陽…みたいに大きさを比較してくのがあったんだけど、おおいぬ座VY星ってのが太陽の2000倍くらいあるらしいんだよ。そういうのの大きさを考えてるとなんだか眠くなる気がするんだよ。気がするだけだけど…。」と僕は言う。

「あはは宇宙って!シアワセ君らしい。やり方としては羊数えるのとにてるね」と彼女が言う。

そう、無限とか、スケールのぶっ壊れたようなことを想像すると眠れる気がする。羊よりは宇宙の方が想像するのも楽しいのだ。

「私は色々考えすぎて、不安になって眠れないの。とにかく大学に入ってからは、知らないことが多すぎて、勉強しなきゃいけないと思うんだけど、バイトとか人付き合いとかで、時間がとられちゃうし、そもそも勉強ってそんなに得意じゃないし...。

とてもよくわかる。

「だから不安を消せば寝れるんだけど、そういうときは死んだロックンロールスターのことを考えるの。」と彼女は言う。

「死んだロックンロールスター?」僕は驚いて聞き返す。

「それって例えば、エルビスとかそういう昔の?」

「そういうのじゃないの、…それも含まれるかもしれないけどフレディーマーキュリーとかジョンレノンとかマイケルジャクソンとかね。そういう人たちがいまの世界で生きててコンサートしてたら、みんな喜ぶだろうしそんな平和なことってないじゃない?だから安心できるの。」

なるほど。それは“ロックンロールスター”ではなくて“スター”じゃないかなと思ったけど、言わないでおく。

「確かにね。僕もカートコバーンを生で見てみたいよ。でもそれって死んだ人じゃないとダメなの?」

「うん。死んだ人だからこそ、いま生きてたらっていう仮定で想像したときに嬉しくなるし、救いがあるんだと思う。いま生きてる人たちにはどうしようもできない問題とか、あるでしょ?」

僕は宇宙に逃避して、彼女は死者が生きている平行世界に逃避することで安堵する。そういうことなのだろうか。

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3時間ほど勉強したあと、僕もわからなかった箇所を先生に聞いてくるというので、僕は帰ることにして、追試頑張ってねと言って別れた。

僕が少しでも役に立てたならいいのだが、なにより印象に残ってるのは彼女のようなタイプでもなかなか眠れない、という問題を抱えていることだった。

僕は暗闇の中で一人で不安と向き合うのが怖いために、電気をつけてコンピュータゲームや本に夜遅くまで没頭する。コンピュータのようにボタンひとつでスリープモードには入れたらどんなに楽なことだろう。

カチッ、画面が暗くなる、ピューンという電気の音、zzz。

死んだロックンロールスターのコンサートが睡眠のトリガーになるなんてホントに変な話だけど、僕も試してみる。フジファブの志村正彦がシュガーを歌ってるとこ...うーんたのしいけど眠くはならないな...もっとオーディエンスを喜んでるイメージにしないとだめなんだろうか...でもライブってあんまりいったことないから細部までイメージできない。

疲れたので意識を真っ暗にしてみる。お、いい感じ、全部忘れる感じ、無になる感じ...あそういえばご飯おごってもらうの忘れてた...。